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いち東大生の書評ブログ

最近やっと熱心に本を読むようになった、とある文系東大生による気楽な書評ブログです。

「当たり前」を疑う―『バカの壁』

バカの壁 (新潮新書)

バカの壁 (新潮新書)

今回紹介するのは、養老孟司バカの壁』新潮社(2003年)です。
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元東大医学部教授で解剖学を専門とし、社会時評も手がける養老孟司氏の一冊。世の中で当たり前だと思い込まれていることにあえて切り込んだ意欲作です。


筆者の独白を編集者がまとめたという形式を取っていることもあり、文体は語り口調でやわらかく、やや強い物言いでも角が立ちません。


私は高校生の時から存在は知っていたのですが、何となく読まないまま大学生になったので、書評ブログにかこつけて読んでみました。
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この本でまず目を引くのは、「バカの壁」という強い表現を伴うタイトルです。これは筆者の以前の著作『形を読む』(倍風館)から取った言葉ということです。興味がある方は以下のリンクをご参考に。

形を読む―生物の形態をめぐって

形を読む―生物の形態をめぐって

話を戻しまして、『バカの壁』の第一章には「バカの壁」とはどういう意味か、具体例をもとに分かりやすい説明がなされています。


筆者が北里大学薬学部の学生に妊娠や出産に関するドキュメンタリー番組を見せたときのこと。


「ビデオを見た女子学生のほとんどは『大変勉強になりました。新しい発見が沢山ありました』という感想でした。一方、それに対して、男子学生は皆一様に『こんなことは既に保健の授業で知っているようなことばかりだ』という答え。同じものを見ても正反対といってもよいくらいの違いが出てきたのです。」

このことが意味するのはなにか。筆者は与えられた情報に対する姿勢の問題だと主張します。


「要するに、男というものは、「出産」ということについて実感をもちたくない。だから同じビデオを見ても、女子のような発見が出来なかった、(中略) つまり、自分が知りたくないことについては自主的に情報を遮断してしまっている。ここに壁が存在します。」


この、「頭で分かっていても実感を伴った理解には達していない」ということを、筆者は「バカの壁」という言葉で表現するのです。


一般的な「バカ」といえば何も分かっていない、頭が悪いといったニュアンスですが、「バカの壁」というときの「バカ」はむしろいろいろ分かっていて世間では頭がいいということになっている人の、「頭でっかち」な状態を批判していると言えそうです。


日本の最高峰とも言われる東大医学部の教授がこのような主張をするのは、自己批判の意味もあるのかもしれませんが、それを通り越して痛快ですらあります。
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この本の主張の中でとりわけ独創的で興味深いものは、y=axという簡単な一次方程式でモデル化された「脳の中の係数」論です。私が高校生の時に聞いていたのもこれでした。


まずは脳に入力された情報をx、出力される反応をyとおきます。y=axとすると、人は入ってきた情報(x)に対して何らかの反応(y)をするということになります。ではaは何を表しているのでしょうか。


「このaという係数は何かというと、これはいわば「現実の重み」とでも呼べばよいのでしょうか。人によって、またその入力によって非常に違っている。」


このように筆者は述べています。このモデルをもとに、先程の出産ビデオの例を考察すると、男子学生は出産に対する「現実の重み」aがゼロであるか、限りなく小さかったために、何も感じることがなかった(出力y≒0となった)ということになります。


以上から、このモデルは、「バカの壁」の理念を非常によく表していると言えるでしょう。逆に、ある物事に対してとても関心を抱いておりaの値が大きければ、出力yもそれに比例して(y=axは最も単純な比例の方程式ですね)大きくなるのです。


ここで私自身のことについて振り返ってみます。以前まで私は日本の鉄道についてほとんど何の関心も持っておらず(a≒0)、実感も何もありませんでした。


しかし、大学生になって青春18きっぷなどで旅をしているうちに、日本の各地が鉄道交通によってどんな風に結ばれていて、人々がどのようにそれを利用しているかということについてかなり思いが及ぶようになりました。これは別に入力xが増えたわけではなく(鉄道網が大幅に変わったということもないため)、まさにaの値が私の中で増大したためだと言えます。
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本書には、ややもすれば批判を受けそうな強い主張が随所に盛り込まれています。例えば、「カーストワークシェアリング」という項で、筆者はカースト制が完全ワークシェアリングとした上で、次のように述べます。


「我々は、何をどうシェアすべきかを真面目に考えるべきです。これは所得の再配分というふうに言いかえてもいいのですが、それだけではなくて仕事の配分をしなくてはいけない。」


「日本にカースト制を導入しろと言うのではない」と前置きした上での主張ですが、ここだけ取り上げるとかなり強烈です。また、この主張自体かなり政治的で、異論の存在は否定出来ません。


しかし、確かな論理の中で述べられているからこそ、「なるほど」と納得してしまうのも事実です。これはやはり是非読んでみて実感して頂きたいところです。

宗教の基礎知識を学ぶ―『世界がわかる宗教社会学入門』

世界がわかる宗教社会学入門 (ちくま文庫)

世界がわかる宗教社会学入門 (ちくま文庫)

今回紹介するのは、橋爪大三郎『世界がわかる宗教社会学入門』筑摩書房(2006年)です。
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日常生活ではあまり意識しないけれど、本当は世界の人々の生活の根底を支えている宗教について、大学教授である著者の講義をもとに編集された一冊。


主にユダヤ教キリスト教イスラム教、仏教儒教について、その成り立ちや教義の特徴、社会における発展の様相が平易にまとめられています。


「最近イスラム教のことがニュースによく出てくるけど、実はよく分かっていない」「仏教って本当はどんな宗教なんだろう」などという疑問を持っている方々におすすめです。
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「宗教とはなにか? などと、ふだんあらたまって考える機会はあまりない。(中略)人間であることと宗教とはどんな関係があるのかについて、いっしょに考えてみたい。」


講義をもとにした本ということもあり、書き出しは語りかけるような調子で始まります。変に気張らず、かといって大衆におもねることもない文体は気品が感じられ、また非常に読みやすいです。


「日本人はにとって、宗教は知的な活動でないから、(中略)外国で、人々が熱心に宗教を信じていることが、理解できなくなる。そこで、宗教とはなんだろう?という疑問をもつようになる。」


ここに述べられているのが筆者の問題意識です。「知的な活動」とありますが、これより前に、筆者は「知性」についての論考を加えています。要旨は次のとおりです。


この世界が、ある偉大な知性の手で設計されたと考える。それなら、世界が価値にあふれ、意味に満たされているのは当然である。
それを設計した知性のことを神と呼ぶことにする。


これがキリスト教イスラム教といった一神教が生まれた原理的な説明です。この具体例から、知性とは、不条理に満ちた世界から、意味や価値を持った世界を取り出す、文明の原動力となる試みであった、と筆者は述べています。それがつまり宗教です。


一方、日本では、自然は知性を超えた、人間の頭で考えられないものだとする側面が最近まで残っていたことを筆者は指摘します。これは、先述の宗教の試みと相反する考え方です。


だからこそ、筆者は上記のような問題意識を持ち、「それぞれの宗教について、具体的な知識をもとう。それぞれの宗教を信じる人ぶとに対して、敬意をもとう。そのうえで、宗教を知性と結びつけて、理解しよう。」と読者(とりわけ日本人)に呼びかけるのです。

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これ以降、各宗教についての基礎知識がまとめられたパートに移ります。各章の冒頭にキーワードが記されている上、本文でも重要語が太線で記されているので、ポイントをつかみやすいです。


イスラム教の章を例に取りましょう。キーワードは「ムハンマドウンマヒジュラ、ジハード、コーラン、スンナ」とあります。これらの言葉が、イスラム教を理解する時に重要になります。


もちろんそれだけではなく、他にも理解するべき重要な言葉はあります。例えば「メッカ」「アッラー」といった言葉は太字で示されています。それ以外にも興味深い記述はたくさんありますが、これは実際に読んで頂いた方が分かりやすいでしょう。


写真や地図などもふんだんに使われており、具体的にイメージしやすいのもgoodですね。
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「宗教なんて別に....」と思っている方も、読んでみるとその奥深い世界に興味をそそられるのではないかと思います。内容のレベルは高校の社会を少し深めたくらいなので、あまり苦労せずに読み進められます。