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いち東大生の書評ブログ

最近やっと熱心に本を読むようになった、とある文系東大生による気楽な書評ブログです。

科学的思考を味わう―『ゾウの時間 ネズミの時間: サイズの生物学』

ゾウの時間 ネズミの時間―サイズの生物学 (中公新書)

ゾウの時間 ネズミの時間―サイズの生物学 (中公新書)

今回紹介するのは、本川達雄ゾウの時間 ネズミの時間: サイズの生物学』中公新書(1992年)です。
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「時間は誰にも平等に与えられている」とはよく言いますが、本当にそうなのでしょうか。動物を見てみると、そのサイズによって時間の流れる速さが違っているようです。この新鮮にも疑わしくも感じる理論を、様々なデータをもとに実証していく一冊。
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「体の小さい人の動作はきびきびと機敏で、見ていて気持ちがいい。大きな人の動作は、ゆったりと悠揚迫らぬものがある。動物の動きにしてもそうで、ネズミはちょこまかしているし、ゾウはゆっくりと足を運んでいく。」

この何気ない人や動物の様子から、動物のサイズと時間の関係の話は始まります。何でも、いろいろ調べた結果、時間の流れは哺乳類の体重の4分の1乗に比例していて、つまり体重が大きいほど時間の流れはゆったりしているということだそう。

ここで言う「時間」とは、寿命を始めとして、大人に成長するまでの時間、息の間隔、心臓が打つ間隔、血が体内を一巡する時間など、動物が生きることに関わる時間のこと。そして筆者は、動物の寿命を鼓動の間隔で割った数値から「一生の心拍数は全ての動物で同じである」というにわかには信じがたい理論を提示するのです。

「時間とは、もっとも基本的な概念である。自分の時計は何にでもあてはまると、なにげなく信じ込んで暮らしてきた。そういう常識をくつがえしてくれるのが、サイズの生物学である。(中略)サイズという視点を通して、生物を、そして人間を理解しようというのが、本書のねらいである。」
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以上が第一章に示されている本書の概略です。これ以降、様々な実験データをもとに、サイズの生物学の話が展開して行きます。

動物のサイズとエネルギー消費量についての話を例に挙げましょう。様々な哺乳類の体重と標準代謝量(絶食させて、暑くもない寒くもない状態で安静にしているときのエネルギー消費量)の2つの数値を取ってグラフにしてみると、「標準代謝量は体重の4分の3乗に比例する」ことが分かります。

これを単に「体重が増えれば標準代謝量も増える」と理解すれば「ネズミよりもゾウの方が代謝が大きい」というごく当然な論理に思われます。

しかし、「代謝量が体重に4分の3乗に比例する」とは、「体重が2倍になってもエネルギー消費は1.68倍にしかならない」ことと同義です。つまり、エネルギー消費は体重の増加ほどには増えていかないのです。

ここから、ゾウとネズミを体重を単位に考えたとき、ネズミの方がずっとエネルギー消費が大きいことが分かるのです。逆に言えば、大きい動物ほど体重の割にエネルギーを使わないということ。これはもちろんゾウとネズミの寿命や心臓の鼓動の間隔に関係しており、、ゾウの時間とネズミの「時間」が違うということの一つの根拠になっています。
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実験データをもとにした議論が展開されるので、数が苦手だという方は読むのに苦労するかもしれません。だからこそ、じっくり読んで内容を理解し、「なるほど、そういうことか」と納得することの楽しさを味わって頂きたい一冊です。

深い思考に至るには?―『思考の整理学』

思考の整理学 (ちくま文庫)

思考の整理学 (ちくま文庫)

今回紹介するのは、外山滋比古『思考の整理学』筑摩書房(1986年)です。
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帯に「100万部突破」「東大・京大で1番読まれた本」とかなり景気のいいキャッチコピーが躍ります。結構古い本ですが、長い間読まれ続けているようですね。


「ものごとを整理して考えるにはどうすればいいか」ということについて、その心構えから方法論までを、エッセイ調に書き連ねた一冊です。
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「グライダーと飛行機は遠くからみると、似ている。空を飛ぶのも同じで、グライダーが音もなく優雅に滑空しているさまは、飛行機よりもむしろ美しいくらいだ。ただ、悲しいかな、自力で飛ぶことができない。」


「学校はグライダー人間の訓練所である。飛行機人間はつくらない。」


この面白い比喩が、筆者の問題意識の中心を占めています。つまり、学校教育において、自ら思考することではなく、言われたことをそのまま受け入れる従順さがむしろ高く評価された結果、とりわけ大学において知的営為に耐えられない学生が増えていることを嘆いているわけです。
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筆者は、そのような現状を念頭におき、自ら思考するための「理念・心構え」や「習慣(それも筆者自身の)」を中心に論を進めていきます。いくつか例を紹介しましょう。


・朝食の前に考える
夜に考えても解決しないことについて、筆者はひとまずそのままにしておいて朝、それも朝食前に考えることを提案します。そうすればすっきりと考えることができるというわけです。

これ自体はとりわけ変わった習慣というわけではないですが、驚くのは、この文字通り「朝飯前」の思考を、筆者は1日2回行っているということです。

8時に起きて、1回目の「朝飯前」の時間を過ごし、昼頃に朝昼兼用の食事を取り、その後昼寝をする。起きたときはその日2回目の"朝"。昼下がりから夕方までを思考の時間に充て、その後"朝食"と夕食を兼ねた食事を取る。

このような習慣を筆者は長く続けているということです。誰にでも真似できることではありませんが、1日2回フレッシュな思考時間があるのは、とても効果的に感じられます。


・考えをノートなどにまとめる
これはいろいろな本で勧められていることです。書くという行為をしている時に思考がまとまるだけでなく、あとで見返せる形で思考を保持することができます。

考えは、後から「醗酵して」自分の中で上手く扱えるようになる時もあると筆者は言います。考えを寝かせるということですね。頭の中で覚えていたことが醗酵することもありますが、書き留めておくと見返した時にふと醗酵が進むこともあるかもしれません。

筆者によると、思いついた時にすぐに書き留めることが大切だとのこと。ちょっとでも時間が経つと、忘れてしまったり変化してしまったりするからです。

・「忘れる」ことも大切
「自然のうちに、直観的に、あとあと必要そうなものと、不要らしいものを区分けして、新陳代謝をしている。 頭をよく働かせるには、この"忘れる"ことが、極めて大切である。」

知識を増やすのは重要ですが、それだけならばコンピュータでも出来る。「創造的人間」になるために、忘れることは大きな意味を持っていると筆者は主張します。

そのためには、長い時間ずっと同じことを考えるのではなく、他のことをしたり寝たりして思考を一新することが効果的だといいます。

忘れたり、新たに覚えたりする中で、深い思考が醸成されていくということでしょうか。
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当たり前といえば当たり前のことばかりなのですが、実際にやるとなるとどうしても億劫になってしまいそうです。そもそも、本当の意味で「考える」ことは実はかなり高度な行為ではないでしょうか。


全部完璧にしようとすると、挫折してしまうというのが世の常。「でも、頑張ってみたい!」という気持ちを大切にしつつ、本に書いてあることを気負うことなく自分なりに実践するのが、一番気持ちが楽で、効果も高いでしょう。
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ともあれ、仕事や学業などで日常的に相手にものごとを伝える(書くのであれ話すのであれ)機会がある人は、「なるほど」と感じ、実践してみたくなるような知恵が満載です。そうでない方にとっても、「ものごとを整理して考える」とはどういったことかを知るのは、生活を知的な方面で豊かにすることに役立つと思います。


各章毎の内容の独立性が強く、全体の流れのようなものは特にないので、暇なときに少しずつといった読み方もおすすめです。それほど長くないので、もちろん一気読みでも。

金持ちが語る幸せの定義―『ユダヤ人大富豪の教え:幸せな金持ちになる17の秘訣』

ユダヤ人大富豪の教え 幸せな金持ちになる17の秘訣 (だいわ文庫)

ユダヤ人大富豪の教え 幸せな金持ちになる17の秘訣 (だいわ文庫)

今回紹介するのは、本田健『ユダヤ人大富豪の教え:幸せな金持ちになる17の秘訣』大和書房(2006年)です。
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『○○代にしておきたい17のこと』シリーズで知られる筆者の作。累計300万部を超え、世界中の言語に翻訳されているベストセラーということです。

20代にしておきたい17のこと (だいわ文庫)

20代にしておきたい17のこと (だいわ文庫)

筆者がアメリカに滞在した際、とあるユダヤ人大富豪に出会い、人生における幸せの意味や、どうすればお金を稼げるかなどといったことについて受けた教えをまとめた本です。


一か月ほど共に過ごして教えを受けたということですが、その時のやり取りがかなり詳細に記されています。しっかりとメモを取るなどしていたのでしょうが、物語として若干の脚色はなされていると思います。


筆者が教えを請うたユダヤ人大富豪のゲラー氏は、落ち着いた雰囲気で自分の考えを押し付けたりすることなく、それでいて説得力があり、筆者を虜にします。
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では、教えの具体的な内容をいくつか見ていきましょう。

・「人生は『考えること』と『行動すること』の二つでできている。いままで考えてきたことと、思考の結果行動してきたことの集大成が君だ。」
うーん、なるほど、と言いたくなります。この上で、ゲラー氏は日常的に考えたことについて意識的になるようにと筆者にアドバイスをします。


・「人は人を喜ばせた分だけお金を受け取れるようになっている。」
これはにわかには信じられない人もいるかもしれません。「喜ばせただけじゃお金にならないだろう!」と。ただ、ゲラー氏はこれより前のところで「君が提供したサービスの質と量=君が受け取る報酬額」としていて、「喜ばせる=サービス」と捉えればすんなり理解できるでしょう。経済学的には「『喜ばせた分』が計量出来ないから、そんなことを言っても仕方ない!」と言いたくなりますが、この場面ではそれは野暮なものです。


・「もし自分でできたとしても、できるだけ多くの人を巻き込んで助けてもらうことだ。」
これは当然といえば当然なのかもしれませんが、敢えてはっきりと言うことには意味があると思います。人は一人で生きているわけではないですからね。


ゲラー氏はまた、ただ一方的に教えるだけではなく、時には筆者に課題を与えて自ら考えることを促します。例えば、電球を3日以内に1000個売るという途方もない課題に対し、筆者は悩みながらも工夫して取り組みます。どのようにして課題を達成したかは、是非実際に読んでみて「なるほど」と唸って頂きたいところです。
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ゲラー氏の教えもさることながら、「こんな出来事もあるんだ」と非日常的な内容に驚かされ、とても楽しく読むことが出来ると思います。


ただ、納得できることも非常に多かったのですが、個人的にはこのような「人生で成功するための本」の類は「本当にそうか!?」とどうしても疑り深くなってしまいます。


自分の現状と重ねながら読んで悦に入るのは誰しも気分がいいと思いますし、実際私も大好きですが、書いてあることを絶対視するのではなくて「そういう考え方もあるんだな」「これは自分とは違う考え方だな」などと客観的・批判的に読むのも大切なのではないでしょうか。


ただ、大富豪や筆者には「そんな態度だとあなたは幸せなお金持ちになれないよ...」言われてしまいそうですね。それに、頑な過ぎるのも考えものです。「それは確かにそうだな」と思えたら、ちょっと根拠に欠けていても意地を張らずに受け入れてみるのもいいかもしれません。


問答無用で受け入れたり、有無を言わさず否定したりするのではなく、バランスの良い読み方をしていきたいものですね。皆さんはどうでしょうか?

学問研究の一端を覗き見―『知の技法』

知の技法: 東京大学教養学部「基礎演習」テキスト

知の技法: 東京大学教養学部「基礎演習」テキスト

今回紹介するのは、小林康夫/船曳健夫『知の技法』東京大学出版会(1994年)です。
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本書は、東京大学教養学部の文系の1年生を対象にした「基礎演習」という必修科目のサブテキストとして編集されたものです。


「基礎演習」はゼミ形式で文献を読んだりレポートを書いたりしながら、学術研究の手法について学ぶ授業。現在では「初年次ゼミナール」へと名称が変わり、より教員の専門性を活かした授業がなされています(ということだそうですが、私は「初年次ゼミナール」しかしか受けたことがないので比較が出来ません)。


大学テキストとしては異例の46万部を売り上げたベストセラー。知的活動に対する人々の興味関心の高まりを反映しているのか、私のようにミーハー的な気持ちで手に取った人が多かったのか(私が言うのも何ですが、やっぱり「東大生はどんな勉強をしているのか」って気になりますもんね)は定かではありませんが、どちらにせよこういった「お堅い本」に注目が集まることは悪いことではないと思います。
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本書は三部構成になっています。
まず第一部は「学問とは何たるか」という、ありがたい感じ(言葉にトゲがある?)の内容です。


「学問とは、一定の対象に関する普遍的な記述を与えることだと言ってもいいでしょう。(中略)原理的には誰にも分かるような仕方で説明し、論証することができるのでなければなりません」。


いきなりそういうことを言われると面食らってしまいますが、これは学問をする上での最も重要な約束なのです。それはつまり、学問に取り組む大学生の約束ということでもありますね。本書は続けます。


「大学においては、これこれの個別的な知識を学ぶよりは、普遍性の方へとみずからの言語を開いていく仕方や作法を身につけることのほうが、はるかに肝要なのです。」


これが大学の「理念」です。実際にできるかどうかは別として、大切なことだというのは伝わってきます。


この辺りは大学で口酸っぱく言われたり、自分で何度も考えたりするところです。大学生であるからには「学問的な思考方法」に慣れよ、ということでしょうか。
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第二部は、気鋭の研究者達の研究内容の一端を垣間見ながら、第一部で述べられた理念をより具体的に実感するというパートです。読み物としてはここが一番面白いと思います。

とりあえず見出しをいくつか並べてみましょう。
・フィールドワーク―ここから世界を読み始める
・史料―日本的反逆と正当化の論理
・翻訳―作品の声を聞く
・統計―数字を通して「不況」を読む
・モデル―ジャンケンを通して見る意思決定の戦略


学術研究なので読みこなすのは結構大変ですが、いろいろな研究成果のつまみ食いが出来て、お得感があります。また、やや古い本であるにも関わらず、その成果は今でも色褪せていません。


私が個人的に一番面白いと思ったのは「アクチュアリティ―「難民」報道の落し穴」という見出しの研究です。


これはかつて日本に押し寄せた「ベトナム難民」について、その捉え方の難しさを、新聞報道の観点から考察したもの。実はそのような問題があったこと自体私は知らなかったのですが、当時何が起こり、どのような決断が下されたのか、そしてそれをどう捉えるべきかということについてよく理解することが出来ました。


変わったところでは、マドンナの写真集に隠されている様々なレトリック(比喩)を考察する、なんて研究成果もあります。
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第三部には、実際に学問をするに当たっての技術、例えば論文の書き方や発表の仕方といったことが具体的に説明されています。学問の成果を「表現する」ことに重きが置かれたパートです。


これもやはり円滑に研究を進めるためには欠かせないことです。頭の中できちんと考えられていたとしても、それを上手く表現できなければ成果として認めることは出来ません。


かつて、この本の刊行に際して「東大生でもわざわざこんな本を作ってこんな基本的なことを教えないといけないのか」といった批判があったそうです。恐らくこの第三部が彼らの気に入らなかったのでしょうが、「基本的」だからといって教える価値がないということにはなりませんし、むしろ積極的に教えるべきだと思います。


「出来てて当然」という思い込みにメスを入れ、本当に教えるべきことを教えることから逃げなかったという点で、この本は評価されるべきです。
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本書の内容は、私も大学生として何度も考えていることなのですが、それでもやはり新たな発見がありました。


学問研究の一端を見てみたいという純粋な気持ちに答えてくれる本書。大学生の方も、そうでない方も、読んでみると何か感じることがあるのではないかと思います。

データを見ればそこに答えはある!―『デフレの正体―経済は「人口の波」で動く』

デフレの正体  経済は「人口の波」で動く (角川oneテーマ21)

デフレの正体 経済は「人口の波」で動く (角川oneテーマ21)

今回紹介するのは、藻谷浩介『デフレの正体―経済は「人口の波」で動く』角川書店(2010年)です。
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印象論で片付けられがちなデフレ経済を正面から考察した、あまり類を見ない作品。


一度筆者の講演を聞いたことがあるのですが、当然のことを言っているだけなのにとても刺激的に感じられるような話をする方でした。


地域振興にも造形が深く、著書『里山資本主義―日本経済は「安心の原理」で動く』がよく知られています。気になる方は、以下のリンクよりどうぞ。

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冒頭に示されているこの本の基本姿勢は「印象論を排し、客観的なデータ(事実)だけに基づいて経済を分析する」ということです。当たり前のことのように感じますが、これが出来ていない人が、マスコミや学者などにも多いと筆者は言います。


そして、この視点から、「デフレの正体」は一般的に言われているように「景気の波」によるものではなく、「人口の波」によるものだった、と主張するのです。


「景気の波」とは、GDPや円高円安、失業率といった経済を大枠で捉えた時の上下のことで、経済を全体的に捉えることが出来て単純なので、それをもとに経済を語りがちです。もちろん筆者はそれらの指標自体の価値を疑うわけではありまんが、そのような議論の進め方は「木を見て森を見ず」、つまり細部を等閑視する表面的なものに過ぎません。


前半はこのような経済の捉え方を問題視し、諸々のデータに基づいて一般的に抱かれている誤ったイメージを覆していきます。
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では、本当に経済を動かしているのは何なのか。ここに至って筆者は「人口の波」がデフレ経済の原因だという持論(といってもデータからそう言えるだけで、ユニークな考えというわけではないのですが)を展開します。


ここでいう「人口の波」とは端的に言えば「現役世代の減少」と「高齢者の激増」のこと。


一般的には「地方では高齢化が進んでいて、経済が沈滞している」などと考えられていますが、これも印象論で、実際には地方だけでなく首都圏を含む全国にその傾向があるということが、データから明らかになるのです。


ここが本書のミソと言えるでしょう。これがどのようにデフレ経済へとつながるのかは、実際に読んで納得して頂きたいところです。
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以上の議論を踏まえた上で、最後には「ではどうすればいいのか」ということについて3つの提案がなされます。


「高齢富裕層から若者へ所得を移転する」
「女性の就労と経営参加を当たり前にする」
「労働者でなく外国人観光客・短期定住客の受入をする」


これらには一部の人には反発を抱かれそうな内容も含まれていますが、読んでみるとやはりこれも確かな客観的事実のもとに導かれた当然の帰結とも言える提案です。


また、実現不可能なことを無責任に言うものでもなく、それぞれ無理なく達成できるということを筆者は具体的に示しています。


こういう主張に対しては「そんな夢物語、実現するはずがない」「そんなことして逆に状況が悪くなったらどうする」と風当たりが強くなりがちですが、先入観なしに読めば、原理的には不可能ではないし、実際に効果が期待できるということを実感できると思います。


もちろん机上論ではあるので、現実で完全にうまくいくと言う保証はないのですが、それを突っ込んでも何も始まりませんし、むしろ生産的な提案と捉えるべきです。
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本書は、主張していることは実は当然のことなのですが、先入観にとらわれてそう考えている人が少ないために、逆に独自性を帯びた主張になっている感があります。


何かと独自性やオリジナリティと呼ばれるようなものを求められる機会が多いこの頃、偽りのユニークさよりも当然のことを当然のこととして主張する勇気を持ちたい、という気分になるような一冊です。

叶うかどうかは自分次第―『夢をかなえるゾウ 文庫版』

夢をかなえるゾウ文庫版

夢をかなえるゾウ文庫版

今回紹介するのは、水野敬也『夢をかなえるゾウ 文庫版』飛鳥新社(2011年)です。
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私事ですが、この本は、私の高校生の時の担任の先生が、自分が持っている本を生徒が読めるようにと教室の本棚に置いてくれていた中にあったということで、印象深い本です。


しかし、高校時代の私は背表紙を眺めるばかりで、結局読むことはありませんでした。最近ブックオフで見かけたので、懐かしく思って読んでみたという次第です。


売上が200万部を超えたベストセラーで、ドラマ化、アニメ化もされたようです。
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「自分、変わりたいの変わりたないの?どっち?」

冴えない主人公のもとに突然やって来た、関西弁で話し、馴れ馴れしく接してくる不思議なゾウの神様「ガネーシャ」。この「夢をかなえるゾウ」が主人公に1日1つ人生で成功するための課題を与えるという物語。


その課題は「トイレ掃除をする」「明日の準備をする」といった簡単で地味なものばかり。訝しく思いつつも課題をこなす中で、少しずつ主人公に変化が表れ...。


いわゆる「サクセスストーリー」ですが、一風変わった設定で、中々に読み応えがあります。漫画のような書きぶりで、ちょっとくすぐったい気持ちになるような表現もありますが、本を読むのが苦手な方でも抵抗なく読めることの裏返しとも言えます。
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作中で示される課題は、どれも歴史上や現代の偉人と呼ばれる人々の言動が参考にされていますが、実はどれもゾウの神様がそれらの偉人に教えてあげたという設定。「手塚治虫くん」「ケインズくん」と馴れ馴れしく呼ぶのは滑稽ですし、表現として新鮮に感じます。


課題は上記のようにいわゆる「当たり前のことを当たり前にやる」系です。言うのは簡単ですが、実際に行動するとなるとなかなか難しいんですよね。思わず我が身を振り返ってしまいます。実際に作中でも「本を読んだりして意識を変えるだけではダメで、実際に環境や行動を変えなければならない」と檄を飛ばす場面があります。


でも、この本も本である以上やはり意識を変えることに終始してしまう可能性はありますね。そうなると、自己啓発本と捉えればやや自己矛盾な感じは否めません。しかし、純粋にフィクションとして楽しむ分には大変面白い本ですし、結局どうするかは読者の勝手ですから、本書の価値を下げることにはならないでしょう。
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続編もあるということなので、気になる方は以下のリンクよりどうぞ。

夢をかなえるゾウ2 文庫版

夢をかなえるゾウ2 文庫版

夢をかなえるゾウ3

夢をかなえるゾウ3

ページ数多く、読み切るのには時間がかかるかと思っていましたが、内容は平易で親しみやすく、一気に読むことが出来ます。もちろん、物語の中の課題をこなしながら少しずつ読んでいくのもいいですね。

愛の対象は数式だけじゃない―『博士の愛した数式』

博士の愛した数式 (新潮文庫)

博士の愛した数式 (新潮文庫)

今回紹介するのは、小川洋子博士の愛した数式』新潮社(2005年)です。
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私事ですが、山形県米沢市に免許合宿で行った時に、地元のブックオフで見つけたのがこの本でした。厳しい教官にどやされながら必死に運転していた時にちょっとだけ心の慰めになった思い出の本です。


静かで温かい文体ので、数学者を中心とした登場人物の人間模様が描き出されています。今年で13回目を迎える本屋大賞の第1回受賞作です。
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「彼のことを、私と息子は博士と呼んだ。そして博士は息子を、ルートと呼んだ。息子の頭のてっぺんが、ルート記号のように平らだったからだ。」


この本はこんな書き出しで始まります。家政婦の「私」は、博士の家で働くことになるのですが、その博士は記憶が80分間しかもたないという特殊な病気で、数学を心から愛しています。「私」はそんな博士と交流する中で、少しずつ数の世界に惹かれていきます。


博士は記憶の短さを補うために大切なことは体に付箋を貼って忘れないようにします。そして、「私」に対して友愛数素数といった数学の「美しさ」を説くのです。
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博士はまた、子供に対する深い愛も持ち合わせています。夕飯時、「私」に息子がいて、その息子が一人で「私」の帰りを待っていると聞いたときの言葉です。


「じゃあ、息子はたった一人で留守番しているのか?暗い部屋でたった一人、空腹を抱え、母親を待っているのか?母親は他人の晩飯を僕の晩飯だ。ああ、なんてことだ。いかん。これはいかん」。


その後博士は「私」にすぐに家に帰るように、そして次の日からは息子も連れて来るようにと強く言います。次の日から博士の家に来るようになった息子のルートに対して、博士は無上の愛を注ぐようになります。
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博士は「私」とルートに様々な数学の問題を出します。例えばある日、博士はルートに1から10までの数字を足すようにと言います。ルートは1から順に足していき、55という正解を導きます。


「正直な方法だ。誰からも後ろ指を指されない、堅実な方法だ」。ルートの出した答えを十分尊重した上で、博士は次に「どんなに数字が大きくなっても大丈夫な、もっと簡単な計算方法を見つけよう」とさらなる思考へとルートを誘うのです。


決して自分の知識をひけらかさず、「私」やルートのどんなささいな発見でも褒め称える姿勢は、真に数学を愛しているからこそだと言えましょう。
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この小説の鍵となるのは、タイトルにもありますがやはり「愛」でしょう。それは博士の数学に対する愛でもあり、3人の主要な登場人物が互いに与える愛でもあります。博士は80分で記憶がなくなるけれど、3人が強い絆で結ばれているということが、文全体からじんわりと伝わってくるような感じです。


大きな場面転換を伴うようなストーリーはなく、退屈に感じてしまう方もいるかもしれませんが、読み応えは十分だと思います。
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ちなみに、数学が好きな理系の友達は、「数式に美しさなどなく、数字があるだけだ」と言っていました。これもこれで一つの正しい考え方だと思います。でも、この小説の中で数式を見ていると美しく感じるから不思議です。